「
少年は残酷な弓を射る」(We Need to Talk About Kevin) は2011年のアメリカ・イギリス映画。原作はライオネル・シュライヴァーの同名小説。
ティルダ・スウィントンが、「
ディープ・エンド」に続いてこれまた複雑な立場の母親の好演技を見せていて、メジャーな賞ではないですがヨーロッパ映画賞などを受賞している映画です。
ストーリーは主人公の女性エヴァの現状と、彼女の過去の家庭環境の記憶のフラッシュバックを平行に追いながら進んで行きます。
あらすじ
昔は成功していた旅行作家のエヴァ・カチャドリアン(ティルダ・スウィントン)。今ではみすぼらしい小さな家に住んでおり、何故か家には赤いペンキが悪戯でぶちまけられたり、小さな旅行会社にファイルやコピーをする事務員の募集の面接に行くくらいに落ちぶれています。
エヴァが道を歩けばいきなり女性から罵られてひっぱたかれたり、買い物していてある女性に気づいて棚の裏へ隠れたり、周りに怯えながら過しています。そして彼女は刑務所にいる息子に定期的に面会に行きます。
とてもうら寂しい生活を続ける彼女は、自由に世界を飛び回っていた若い頃から、結婚して息子ケヴィンを授かり、気難しく自分にうまく懐かない彼の成長過程の記憶をフラッシュバックして行きます。。。
「少年は残酷な弓を射る」というとってもネタばれな邦題がついていますが、映画を見た人はかなり様々な反応を見せる映画だと思うので敢えてネタばれで書いてみたいと思います。
*ネタばれ注意*
この映画は少年の学校での大量虐殺を扱った映画です。主人公エヴァは、大量虐殺犯を産んでしまった母親です。この映画の中で焦点になる部分はケヴィンの動機と、何故最後に母親が残ったのか、という部分にあると思います。ケヴィンは事件から2年後、刑務所で母親の問いかけに対して「前は理由が分かっていたけど、今ではもう分からない」と答えています。コロンバインのように別に学校でいじめにあっていた訳でもないケヴィンが、学校の生徒達を殺すどころか妹も父親も殺す事を辞さなかったのに、今まで散々ターゲットにして来た母親だけは殺害していません。
そこで彼の今までの生い立ちをエヴァのフラッシュバックとして映画を紡いで来た効果が出て来るのだと思います。彼は生まれながらにして散々母親を手こずらせて来ています。自由を愛して世界中を旅して来たエヴァが、子供を産んだ事で子供に縛られた生活をするようになり、普通の子より格段に気難しくて扱いずらいケヴィンに振り回されて行きます。産後鬱状態になったり、たまにはちょっと手を挙げてしまったり、すこし距離を置いたような扱いをしてしまったりするのですが、エヴァはかなり理性的な所謂欧米流の子育て、あまり怒鳴りつけたりしない知性的な接し方をします。
エヴァがまだ4歳くらい?のケヴィンに「お前がいなかったら今頃フランスで楽しい思いをしているのに!」とめずらしく怒鳴るシーンが登場します。それに対してかれは母親が旅の思いでで装飾した部屋をめちゃくちゃにしたりするのですが、敢えて母親の自由を奪って自分の意思で縛っておきたい、というような行為をケヴィンは多々見せます。敢えて単純で力関係を理解しておらず、ただ自分の良い面だけを見て味方になってくれる父親に懐いて母親を苦しめたり、子供ながらにして母親の事を恐ろしく理解している、要するに「似た」部分のある母と息子なのですね。母親の愛情がそこにあるのは分かっているのだけど、敢えて彼女を苦しめる事を楽しみます。
また、4歳くらいでおむつが取れず、おむつを替えたとたんにニヤニヤしながら直ぐにいきみ出したケヴィンに怒りが爆発し、ケヴィンを放り投げて怪我させてしまうシーンがあります。普段そこまで本能的な行動をとらないエヴァが見せる爆発シーンなのですが、ケヴィンは父親には理由を伝えず、その事でエヴァにとって共犯的な有利な立場に自分を置いたりします。(恐ろしい子!)でも、普段理性的な母親が自分に感情をぶつけた事を必ずしも悪い事だと取っていない部分に(後に妥当な行為だったと刑務所でケヴィンが語るシーンが出てきます)、彼の歪んだ愛情の受け取り方があるようにも見えます。
バスルームで自慰行為中にたまたま入って来た母親に恥ずかしがるどころか見せつけるようにしてみたり、日頃は関心も無く母親を苦しめる態度をとり続ける彼が本屋で母親の本のポスターを見つめていたり、母親とミニゴルフに嬉しそうに出かけたその後、ディナーに行くのを知っていて先に食べたり、母親の気分を害するような話し方でディナーを台無しにしてみたり、16歳くらいになったケヴィンは更に母親に対する複雑な心理を見せ始めます。
一方、現実に目を向けず、自分の息子の表面に騙されて家庭内の関係を悪化させる父親。悪い人じゃないんだけど愚かな父親は、息子に武器まで与えてしまいます。散々痛めつけて来た愛する母親。歪んだエディプスコンプレックスがそこにある事なんて全く気づく事はない、ある意味純粋な父親は、後にケヴィンに射抜かれてしまいます。
自分の事件で母親を徹底的に苦しませ、孤立させる事に成功したケヴィンは、事前に抗鬱剤(プロザック)を飲んでおり、2年で出所出来る事も計算済みで事件を起こしています。(少年法と精神鑑定を利用しています。)上に書いた、頭のいいケヴィンの計画を既に理解している母親が動機を問いかけるシーンがある訳ですが、ここまであえて共犯的に母親が痛めつけられている事、その上で「今ではもう分からない」という解答が出る訳ですね。夫と娘を失い、自分の人生もほぼ失ってしまった母親は、それでも息子を抱き寄せます。もう、自分とこの息子しかいない、多分ケヴィンが本能的に望んだその世界があるのでしょうね。
不安定な10代の少年の起した事件。何故そこまで熱狂的に何かを遂行出来るのか?彼が自分が起した事件の現場で、そこがまるでステージのように両腕を広げて喝采を受けているかのようなポーズをとるのと、冒頭のエヴァがトマト祭りで真っ赤に染まって人に掲げられて陶酔しているシーンが被ってきます。
トマト、ペンキ、ジャム、服、血などの赤、または何かを潰す行為が繰り返し登場するのですが、殺害シーンなどは敢えて見せないようにしている映画です。生々しい描写を控えて、シンボル的に色や行為を繰り返し登場させる事で緊張感を視覚的に創り出しています。
最後まで緊張感で貫かれている映画です。原作も読みたくなってしまいました。
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![少年は残酷な弓を射る 上 [ペーパーバック] / ライオネル・シュライヴァー (著); 光野多惠子, 真喜志順子, 堤理華 (翻訳); イースト・プレス (刊) 少年は残酷な弓を射る 上 [ペーパーバック] / ライオネル・シュライヴァー (著); 光野多惠子, 真喜志順子, 堤理華 (翻訳); イースト・プレス (刊)](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/41cIatta25L._SL160_.jpg)
posted by 淀川あふるー at 18:02
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